満天太朗の寺院探訪とコラム

寺院探訪大好きなおっさんです。近畿の寺院や史跡を中心に紹介します。

大阪府お寺巡り 四天王寺

大阪府寺院探訪

四天王寺

住所 大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-18

宗派 和宗総本山

拝観 伽藍・庭園300円 宝物館 500円

駐車場 有料駐車場

ランク ★★(2.2)(5段階)

🔴四天王寺は、推古天皇元年(593)に聖徳太子厩戸王)が建立された我が国

 最初の官寺です。聖徳太子自ら建てたのは、この四天王寺法隆寺のみで、他は、

 ゆかりの寺となります。伽藍配置が四天王寺式と呼ばれ、中門・五重塔・金堂・講堂

 が一直線に配置され回廊で囲んであります。現在は昭和20年の空襲以後に建てられ

 た鉄筋コンクリート造りです、法隆寺とは違い度々火災や災害で伽藍を無くしその度

 再建を繰り返しました。江戸時代の建物が数棟残っています。宝物も幾つかは残り

 宝物館などで見る事が出来ます。

六時礼賛堂(重文)元和9年(1623)

※六時礼賛堂ほか5棟(本坊西通用門・方丈・五智光院・元三大師堂・石舞台)

 鳥居(重文)他仏像・工芸品・絵画・書籍など数多くの(国宝)(重文)がある。

四天王寺を訪ねて】

四天王寺は、大阪南の中心地にあり関連寺院も密集している。また大阪最古の神社

生國魂神社や美術館・動物園そして庶民の町のシンボル通天閣など大阪気質の集大成の

様な場所にある。門前町は少しさびれているが、天王寺詣りをする年配者の姿もみえる

大阪観光にはもってこいの場所である。四天王寺の様子は太古の昔を連想させてくれる

信仰もまだ残っています、一度は参拝すべき寺院であることは、間違いないですね

奈良県お寺巡り 當麻寺中之坊

奈良県寺院探訪

當麻寺 中之坊

住所 奈良県葛城市當麻1263

宗派 高野山真言宗

拝観 500円 ※抹茶・写経体験有

駐車場 有料駐車場

ランク ★★(2.7)(5段階)

中之坊庭園より東塔を望む

🔴當麻寺中之坊は、當麻寺が創建された折、役行者が金堂前の影向石にて熊野権現

 勧請し自身の道場を建立した。奈良時代當麻寺別当の実雅が、道場を住坊として

 中院を造り、受け継がれたのが中之坊です。弘法大師空海真言密教を伝えて以来

 當麻寺筆頭の真言宗寺院として今日に至ります。

 中之坊には、役行者が伝えたとされる、和漢胃腸薬の「陀羅尼助」を販売しています

 江戸時代に吉野大峰と本家争いが起こり、大岡越前が中之坊を陀羅尼助・吉野大峰を

 陀羅尼と分けました。

庭園(国名勝)と書院・丸窓席(重文

 

奈良県お寺巡り 當麻寺 塔頭 西南院

奈良県寺院探訪

西南院

住所 奈良県葛城市當麻1263(當麻寺内)

宗派 高野山真言宗

拝観 300円 ※仏像公開時 400円

駐車場 當麻寺有料駐車場

ランク ★★(2.6)(5段階)

🔴西南院は、當麻寺塔頭の一つで、當麻寺が遷造した時裏鬼門の守り寺院として

 建立されたという。寺宝に、十一面観音立像(重文弘仁期・聖観音立像(重文

 弘仁期・千手観音立像(重文)藤原期があります。また江戸初期の池泉回遊式庭園

 には、水琴窟がある。写真は、ぼたん(4月中旬~5月上旬)で夏はあじさい・秋は

 もみじ・冬はぼたんなど季節の花々が迎えてくれます。

西南院庭園と西塔 ※ぴんぼけです。

西南院より西塔を望む

 

 

奈良県お寺巡り 中将姫と曼荼羅 當麻寺

奈良県寺院探訪

二上山 當麻寺

住所 奈良県葛城市當麻1263

宗派 高野山真言宗・浄土宗

拝観 500円 曼荼羅堂で受付。 金堂・講堂・曼荼羅堂料金

駐車場 有料駐車場 500円

ランク ★★★★(4.3)(5段階)

🔴古代の交通の要所で二上山の麓にある當麻寺は、推古天皇20年(612)に

 用明天皇の第三皇子である、麻呂古親王(當麻皇子)が河内国に建立した万法蔵院が

 前身で、當麻国見が白鳳9年(681)弥勒仏を本尊とし禅林寺と称したのが今の

 當麻寺です。白鳳~天平期に伽藍が完成し、当初・三論学を学ぶ寺院であったが

 弘仁14年(824)弘法大師空海が訪れ、後真言宗となる。また天平時代に製作

 された「當麻曼荼羅」(国宝)は、中将姫の尊い故事として広く信仰された。

 當麻曼荼羅は、阿弥陀如来の極楽浄土を表し、浄土宗総本山・知恩院が羨望する事と

 なり、南北朝時代に往生院(奥院)を建立し、以後 真言・浄土の二宗兼学となる。

 境内には、13ヵ寺を有し東西両古塔が現存する唯一の寺です。

東塔(国宝天平時代

西塔(国宝天平時代

曼荼羅堂(本堂)(国宝天平時代~平安時代

※本堂内には、現在・三代目の文亀曼荼羅重文室町時代が本尊として掛けられて

います。厨子須弥壇は、天平鎌倉時代で(国宝)で十一面観音立像(重文)は、

弘仁期の像で、貴重な古仏です。

●當麻曼荼羅国宝)と中将姫伝説

中将姫は、藤原豊成(右大臣)の娘と言われています。幼少の頃より彩色秀で中将の位を与えられました。実母が亡くなった頃より、苦難が続きやがて仏門に入る事を願うようになり、當麻寺へ法如尼として入山を許されました。中将姫が一夜で曼荼羅を織ったいう事により伝説が、やがて信仰へ変わりました。4/14日練供養が盛大に行われます。近くの石光寺には、ゆかりの井戸が、また奈良市なら町には、中将姫ゆかりの寺が多くあります。

當麻寺金堂(重文)寿永3年(1184)

金堂内の諸仏

弥勒仏坐像(国宝白鳳時代 219.7m

●日本最古の塑像である、681年作とされる

四天王像(重文白鳳時代

●脱活乾漆造で下半部は、後世の補修がされている。多聞天のみ鎌倉時代で木造です。

四天王としては、法隆寺の次に古いものです。そして金堂前の石灯籠(重文)は

日本最古の物です。

講堂(重文)乾元2年(1303)

本尊・丈六阿弥陀如来坐像(重文)平安時代他、諸仏が安置されています。

當麻寺を訪ねて】

當麻寺は、メジャーないがメジャー級の寺院です。特に金堂の仏像には魅せられますなにげなく、日本最古があったり人も多くないので時間をかけて行くことをお勧めします。中之坊・奥院・西南院・護念院の四ヵ寺もお忘れなく。それと駅前に「中将姫餅」が売っています、やわらかいヨモギ餅に、こしあんがのせてあり旅疲れをいやしてくれますよ。

大阪府お寺巡り 叡福寺

大阪府寺院探訪

磯長山 叡福寺

住所 大阪府南河内郡太子町太子2146

宗派 単立

拝観 宝物館 土日祝のみ公開 300円

駐車場 無料

ランク ★★(2.6)(5段階)

金堂(府文)と多宝塔(重文

🔴叡福寺は、推古天皇28年(620)聖徳太子厩戸王が自らの墓所とこの地を

 定めた。翌年、生母である穴穂部間人皇后が、磯長廟に埋葬され、その次の年に

 聖徳太子と妃が同年に亡くなり磯長廟に埋葬されたという。太子らの霊を慰める為

 聖武天皇の勅願により神亀元年(724)伽藍を整えたという。

 創建時期は諸説あるが、中世以降の太子信仰の中心地として繁栄した。

 天正2年(1574)に、織田信長の兵火により堂塔全て失うも豊臣秀頼の寄進で

 再建され現在に至ります。

聖霊殿(重文

磯長御廟

【叡福寺を訪ねて】

叡福寺と言えば聖徳太子ですね、太子らのお墓(御廟)の前に守るように立っています太子信仰の中心地で、親鸞聖人や一遍上人らが訪れ、日蓮法然も書簡をだしている。珍説に、「聖徳太子はいなかった」とされる書籍が数多く出版されたが、超人的な伝承が信じられなかったのであろう。(本の内容は稚拙である)また御廟も確定出来ないとする説もあるが、平安時代に廟付近で発掘された「太子御記文」が発見され、そこに三骨一廟の思想が書かれています。歴史は、自由に推理し楽しむこともいいのですが、意味なく、否定する行為はどうかと思います。

大阪府お寺巡り 新西国霊場7番札所 天野山 金剛寺

大阪府寺院探訪

天野山 金剛寺

住所 大阪府河内長野市天野町天野996

宗派 真言宗御室派大本山

拝観 宝物館・庭園・北朝御座所400円 ※特別公開時 1,000円

駐車場 500円

ランク ★★★★(3.8)(5段階)

庭園と北朝御座所

客殿と庭園

🔴天野山金剛寺は、天平年間(729~49)聖武天皇の勅願により行基が開いたと

 されています。その後一時荒廃しますが、平安時代末期には寺観は整っていたと考え

 られます。南北朝時代には、観心寺と共に、南朝方の一大拠点となりますが、

 北朝との関係もあり、うまく融和していました。戦火などにも多少は会いましたが

 大きな被害はなく維持できていました。また室町時代には、銘酒「天野酒」を販売し

 評判となったりしました。その後織田信長豊臣秀吉らの庇護を受け、慶長10年

 (1605)には、豊臣秀頼により伽藍の整備が行われ、明治の廃仏毀釈で衰微する

 ものの、現在でも多くの文化財(5件の国宝と51件の国重文)が残っています。

楼門(重文鎌倉時代末期

金堂(重文)元応2年(1320)

金堂安置 大日如来不動明王降三世明王国宝

平安時代末期~鎌倉時代 

大日如来坐像 平安時代は、像高313.5m総高609.8m

不動明王坐像 天福2年(1234)像高201.3m

降三世明王坐像 鎌倉時代は、像高230.1m

多宝塔(重文平安時代末期・慶長11年大改修

食堂(重文室町時代初期

【天野山金剛寺を訪ねて】

中学一年の頃、父親の仕事で大阪に行ったとき金剛寺を横切りました。お願いしたが寄ってもらえませんでした。その数年後参拝をはたしました、境内の伽藍は朱塗りでなく、色あせた感じが雰囲気がありました。今は綺麗になって少し残念ですが金堂の本尊が国宝に指定されたり、国史跡になったりとしましたが、魅力あふれる所は変わりません。私は天野山金剛寺に行った折にはお札(走り大黒天)をいただくようにしています。200円で商売繫盛は無いでしょうが気持ちですからね。

天野行宮 摩尼院(重文

拝観 200円

🔴金剛寺の子院の摩尼院は、書院など4棟が重要文化財に指定されています。慶長期

 の建築ですが、書院建築として貴重です。天野山金剛寺は、最盛期には100ヵ寺

 近くの子院があったと言われています。

摩尼院庭園

大阪府お寺巡り 観心寺 秘仏開帳

大阪府寺院探訪 国史

檜尾山 観 心 寺

住所 大阪府河内長野市寺元475

宗派 高野山真言宗遺跡本山

拝観 300円 ※4/17・18 秘仏開帳 1,000円

駐車場 無料

ランク ★★★★(4.2)(5段階)

観心寺 開山堂

🔴観心寺は、大宝元年(701)に役小角が修行場として草創し雲心寺と名付けた。

 大同3年(808)弘法大師空海が当地を訪れ北斗七星を観請したという。

 弘仁6年(815)に空海は、弟子の実恵に託し、実質的に実恵が開山し観心寺

 名を改めた。

 観心寺は、楠木家の菩提寺で、楠木正成も幼少の頃、中院にて勉学や修行をした。

 建武元年(1334)頃、後醍醐天皇より勅が出され、正成は金堂の外陣の造営に

 奉行として勤め、境内にある建掛塔(当初三重塔の予定)の建立に取り掛かった。

 湊川の戦で戦死したため、塔の建立は中断し現在の姿になっています。正成の首は

 足利尊氏観心寺に届け、首塚となって残っています。その後織田信長に寺領を

 没収され窮地になるも、豊臣氏の助力を得て法灯を守った。最盛期には50余りの

 塔頭を要していたが、江戸期には12坊になり、明治の廃仏毀釈で全て失った。

 しかしながら、現在でも多くの寺宝を残し、この地を代表する寺院です。

金堂(国宝室町時代初期

本堂秘仏本尊如意輪観音座像(国宝平安時代 

本堂秘仏不動明王坐像・愛染明王坐像(重文室町時代

恩賜講堂(重文京都御苑内より移築 

建掛塔(重文室町時代

訶梨帝母天堂(重文室町時代

●霊宝館の寺宝

金銅仏・観音菩薩像 他3軀(重文白鳳時代

十一面観音立像(重文平安時代

●試作如意輪観音座像(重文平安時代

地蔵菩薩立像(重文平安時代

●四天王像(重文平安時代

厨子愛染明王重文室町時代

厨子入聖僧坐像(重文平安時代

●塔内四仏4軀(重文平安時代

聖観音像6軀(重文平安時代 

●鉄灯籠(重文鎌倉時代 他 美術品(重文)6点

観心寺縁起資材帳(国宝平安時代

観心寺を訪ねて】

毎年4月17日18日は、観心寺如意輪観音座像(国宝)の御開帳が行われる。

行列が出来て、2時間待ちも珍しくないのですが、午後2時以降は割と空きます。

堂内に入り遠くから鑑賞ご拝顔することになるので、望遠鏡持参がおすすめです。

また人数が多いので、ゆっくり観る事も憚られるので、お坊さんのお話し中に鑑賞

するのが一番です。たまに無神経な人が時間をかけ渋滞させるのであせります。

御開帳以外にも見るべき物が多いので時間に余裕を持ちたいですね。